Archive for the ‘遺言書作成’ Category

遺留分侵害額請求について

2023-10-23

はじめに

令和元年7月1日以後に開始した相続から、改正前の遺留分減殺請求権の行使によって物権的効力が生じるとされていた規定が見直され、遺留分に関する権利の行使によって遺留分侵害額に相当する金銭債権が生じることとされました。

つまり、改正前においては減殺の対象たる権利についての返還請求権が発生するのではなく、その権利が当然に遺留分権利者に帰属することが原則とされ、受贈者及び受遺者(以下「受遺者等」といいます。)は、減殺を受けるべき限度において、贈与または遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができるとされていたのです。

旧法下においても、不動産が対象となる場合に、受遺者等と遺留分権利者の共有関係を解消するために価額による弁償が多くなされていました。改正により、現物返還ではなく金銭の支払を請求することができるように規定されたわけです。

請求できる人

遺留分権利者及びその承継人とされています。遺留分権利者については、以前の記事「遺留分についての基礎知識」をご参照ください。遺留分権利者が複数いる場合であっても、単独で請求することができます。全員が共同して請求する必要はありません。

承継人には、例えば、遺留分権利者が侵害額請求をする前に死亡したときに請求をするその相続人や相続分を譲り受けた者等が該当します。

請求の方法

遺留分侵害額請求は相手方に対する意思表示によってしますが、通常は内容証明郵便を送付して行います。先ずは協議によって解決を目指すことになりますが、協議が調わない場合には家庭裁判所に調停申立をします。調停不成立の場合には、地方裁判所(または簡易裁判所)に訴訟提起をする流れとなります。

言うまでもなく、手続の代理人になれるのは弁護士のみであり、遺留分侵害額請求に関する相談先は法律事務所(弁護士)一択となるでしょう。

代物弁済の注意点

遺留分侵害額請求が金銭債権の行使と規定されたことから、受遺者等が遺留分権利者に支払できない場合には代物弁済することも考えられます。その際に譲渡所得課税がされるおそれがありますので、地価の上昇した土地を代物弁済するような場合には注意が必要です。

例えば、3,000万円の侵害額請求に対し、時価3,000万円の不動産を代物弁済として所有権を移したときに、受遺者等は3,000万円で当該不動産を譲渡したこととなり、含み益がある場合には譲渡所得税が課されます。一方、遺留分権利者の当該不動産の取得費は、被相続人の取得費を引き継ぐのではなく、3,000万円となります。

最後に

特定の団体に遺贈寄付をしたとき等を除き、遺留分侵害額請求は相続人間でなされることが多いです。他の記事でも書いていますが、遺留分を侵害する遺言書が無効になるわけではありません。遺留分侵害額請求は権利に過ぎないのですし、必ずしもそれが行使されるとは限らないからです。

遺言書を作成しておくことが相続人間の争いを避けるためには有効な手段であることに間違いはありません。ただ、それが遺留分を侵害する内容であるならば、相続人間の長期に亘る争いを惹起させるおそれがあることを強調しておきたいと思います。

遺留分についての基礎知識

2023-10-16

はじめに

単身者の方が年々増加しています。従来、生涯未婚率は女性より男性側で高かったのですが、最近では女性側で急上昇しているようです。また、子供がいないご夫婦も増加しています。国立社会保障・人口問題研究所『第16回出生動向基本調査』(2021年)によると、その割合は夫婦10組に1組という状況になりつつあるようです。

子供のいない方が亡くなると、ほぼ兄弟姉妹や甥姪が相続人となり、相続手続が非常に煩雑となります。そこで、今回は遺留分についての基礎知識をテーマにして書いてみました。

遺留分とは

遺留分とは、一定の相続人が取得することが保障されている相続財産に対する割合のことをいいます。詳細は後述しますが、全ての相続人に認められているわけではないことが重要です。

実務においては、それをご存じでない方からのご相談が非常に多いことに驚かされます。

遺留分を有する相続人とその割合

遺留分を有する相続人は兄弟姉妹以外の相続人です。つまり、兄弟姉妹は遺留分を有しないことになります。

遺留分の割合は、直系尊属のみが相続人である場合には相続財産の3分の1です。例えば、子供のいない独身の子供が親より先に亡くなったときが該当します。結婚している場合には配偶者も相続人となりますので、それには該当しません。

直系尊属が相続人である場合以外の場合には、相続財産の2分の1となります。例えば、配偶者と子供が相続人の場合が該当します。

具体的計算方法

被相続人Aの遺産が5,000万円であり、配偶者Bと子C・Dが相続人である場合にBとCの個別遺留分を計算してみます。
B:5,000万円×1/2(遺留分)×2/4(相続分)=1,250万円
C:5,000万円×1/2(遺留分)×1/4(相続分)=625万円

A固有の財産はA自身が自由に処分することができますし、死後処分ともいえる遺言でも同様です。ただ、B、C及びDはAの財産に依拠して生活していることが通常といえますので、遺留分制度によって相続人らに一定割合の財産確保を保障して、被相続人の一定時期における生前贈与や遺贈によって、それを奪うことはできないこととしているのです。

遺留分の算定

遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする、と定められています。

全ての贈与が対象になるわけではなく、相続開始前の一年間にしたものに限り、その価額を算入します。当事者双方(贈与者と受贈者)が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様な取扱いをします。

さらに、相続人に対する贈与で特別受益に当たるものについては、相続開始前の十年間にしたものに限り、その価額を算入することとされています。旧法では無制限に算入することになっていましたが、改正により期間制限が設けられたことになります。

ちなみに、相続分を算定する際に持戻すべき特別受益に当たる贈与については期間制限がありませんので、両者の違いには注意が必要です。

最後に

遺留分を侵害する生前贈与や遺贈がされた場合に、遺留分を回復する手段である遺留分侵害額請求については別の記事にしたいと思います。

子供のいない方が遺言書を作成する際、兄弟姉妹に遺留分がないことから遺言者の思い通りに財産を遺すことができます。

一方で、実務上、「長男一人に全て相続させたい」といった相談をされる方がよくいらっしゃいます。その際には、必ず遺留分と将来訴訟になる可能性のお話をさせていただくのですが、ほとんどの方がそれをお聞きになって遺言書の作成を躊躇われます。

財産を誰に遺すのかは自由に決めることができる事柄であり、それに法令が介入する余地はないという考え方もあるでしょう。今回は遺留分の意義についても触れたつもりです。そのうえで、相続人が遺留分を巡って何年も訴訟をすることがないようなアドバイスをすることが私の使命だと考えています。

遺言の撤回方法について

2023-02-20

遺言の方式に従った遺言の撤回

遺言とは、遺言者が自分の財産について誰に何を残したいのか、最終の意思表示をするものですが、その最終意思は十分に確保しなければなりません。一度作成した遺言を撤回して新たな遺言を作成したいということも起こり得ます。

そこで、遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができると定められています。

遺言の方式

民法の定める遺言の方式は、普通方式と特別方式に大別され、普通方式には、1.自筆証書遺言、2.公正証書遺言、3.秘密証書遺言があります。 特別方式には、危急時遺言や隔絶地遺言などがあります。

遺言は方式に則って作成しなければなりませんので、定められた方式を満たしていない遺言に効力は認められません。撤回をするにあたり、遺言の方式はどれを選んでも構いません。例えば、公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回することも可能です。

ちなみに、特別方式はほとんど利用されていませんが、特別方式によりした遺言は、遺言者が普通方式によって遺言をすることができるようになった時から6箇月間生存するときは、その効力を生じないと規定されています。

前の遺言と抵触する遺言を作成する方法

前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます。

例えば、前の遺言の「甲土地をAに相続させる。」の記載を後の遺言で「甲土地をBに相続させる。」とした場合です。両者の遺言内容は両立させることができませんので、抵触に該当します。したがって、前の遺言は撤回したものとみなされます。

生前処分その他の法律行為と抵触する場合

上の例で、「甲土地をAに相続させる。」を内容とする遺言作成後に、遺言者が甲土地を売却することがあります。不動産を相続させる予定にしていたところ、遺言者の高齢者施設入所資金に充てるために売却しなければならなかったなどが考えられる理由となります。

遺言者が遺言後にその内容と抵触する生前処分その他の法律行為をしたときは、これらの行為で遺言の抵触する部分を撤回したものとみなされます。

遺言書または遺贈目的物の破棄

遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなされます。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも同様です。

自筆証書遺言は対象となりますが、公正証書遺言は原本が公証役場に保管されますので、対象とはなり得ません。

遺言の撤回の撤回

撤回された遺言は、その撤回の行為が、撤回され、取り消され、又は効力を生じなくなるに至ったときであっても、その効力を回復しない。ただし、その行為が錯誤、詐欺又は強迫による場合は、この限りでないと規定されています。

例えば、第1遺言を撤回した第2遺言を更に撤回しても、原則として第1遺言の効力は回復しません。ただし書きについては、錯誤、詐欺又は強迫によって撤回する行為は遺言者の真意に基づくものではありませんので、第1遺言の効力が回復することを定めた例外となります。

徹底解説!遺言書を法務局が保管する制度の注意点

2022-02-21

概要

自筆遺言書を法務局で保管する制度が令和2年7月10日から開始されました。テレビ等でも報道されてご存知の方も多いでしょう。

今までは自宅などで保管することが多かった自筆遺言書ですが、無くなってしまったり、偽造されたり、発見されなかったりといった特有の不安を保管制度が解消するのではないかと思います。

便利な制度のようですが、注意すべき点をまとめてみました。

手数料

法務局に自筆遺言書の保管を申請するのに3,900円かかります。

家庭裁判所の検認手続が不要になるのがこの制度のメリットの1つです。自宅で遺言書を保管して、相続開始後に検認手続をする場合は、申立てに800円、検認済証明に150円、切手代数百円の費用がかかります。

自筆遺言書の作成には一切費用がかかりません。(専門家などに相談する場合を除きます。)家庭裁判所で検認をしてもほぼ2,000円以下の出費で済むわけです。

検認が不要ということは、金銭面よりも手続きの煩雑さが解消されるメリットの方が大きいといえます。通常、検認の申立てをしてから検認までに1か月ほどかかります。コロナ禍においては、家庭裁判所の人員削減により3か月以上かかりました。

保管を申請する管轄法務局(令和5年5月29日改正)

どこの法務局で保管をするかですが、管轄は3種類あります。住所地、本籍地及び所有する不動産所在地を管轄する法務局となります。原則として、(地方)法務局の本局(本庁)と支局になります。出張所に保管申請をすることはできませんが、東京の板橋出張所は例外となります。

改正により管轄が拡大されています

令和5年5月29日から、法務局及び地方法務局の支局及び出張所設置規則の改正により、(地方)法務局管内の各遺言書保管所の管轄区域が都道府県(北海道を除く)全域に拡大されています。

管轄/遺言書保管所一覧

例えば、三鷹市・武蔵野市にお住いの方は、東京法務局府中支局に直接出向いて申請することになっていましたが、改正により、東京法務局本局、板橋出張所、八王子支局及び西多摩支局でも申請が可能です。郵送での申請や代理人からの申請はできません。身体に不安を抱えていらっしゃる高齢者にとってはネックとなります。

府中支局には最寄りの駅などありません。バスまたはタクシーが交通手段となりますが、介助のためにご家族の方が付き添うこともできますので、ご家族の車で行くことを考えてもよいでしょう。

予約が必要

オンライン化が進んで法務局に行く人の数はずいぶんと減りました。私もたまに行くことがありますが、毎回そのように感じます。以前は、顔なじみの法務局職員に挨拶をしたりしたものですが、現在では一切ありません。便利な世の中になるのもよいのでしょうが、少々寂しいですね。

遺言書保管申請の内容に不備がない場合には原則として即日処理をしますので、混雑回避と待ち時間減少のために予約が必要です。法務局手続案内予約サービスの専用HPでの予約、または、予約を取りたい遺言書保管所への電話又は窓口での予約が方法となります。
法務局手続案内予約サービスの専用HP

遺言書保管所(法務局)の電話番号や所在地を確認する。

顔写真付き身分証明書

本人確認書面として顔写真付きの身分証明書の提示を求められます。運転免許証とマイナンバーカードが主なものですが、これも高齢者の方にとってはネックとなります。仕事柄、身分証明書の提示をお願いすることが多いのですが、高齢者の方が顔写真付きのものをお持ちのケースは非常に稀です。

法務省のHPには、持ってない人はマイナンバーカードを取って下さいと書かれていますが、身体に不安を抱えていらっしゃる高齢者の方には簡単ではないはずです。外出することが困難な方もいらっしゃいます。

顔写真のない身分証明書2種類で確認するなどの代替手段を是非取り入れて欲しいとは思いますが、なりすまし防止のためには致し方ないでしょう。

用紙のサイズと余白

遺言書の用紙サイズにも注意しなければなりません。A4サイズのみと指定されています。おそらく、保管する側の都合であって同じサイズに限定した方が管理しやすいのでしょう。 私が今までに目にしてきた自筆遺言書で一番多いのは、便箋に書かれたものです。一般的な便箋はA4よりひと回り小さいサイズなので、気を配る必要があります。

遺言書といえば封がされている封筒に入っているというイメージですが、封をしてはいけません。法務局において、自筆遺言書が形式的な要件を満たしているかチェックをするためです。法的に無効な遺言書を保管することがないように、全文(財産目録を除きます。)自筆、日付、署名及び捺印を確認します。

余白については、左は20㎜以上、上と右は5㎜以上、下は10㎜以上と定められています。 画像データだけではなく、遺言書の原本を保管するので、登記簿が紙だった頃のように左側の綴じ代が必要になるということなのでしょう。
法務省HP上の遺言書の用紙例

上記の用紙例の罫線に沿って記載すれば、余白を確保できるようになっています。右下の枠内には“1/2、2/2”のように、総ページ数の分かるよう通し番号でページ数を記載します。1枚の場合には“1/1”と記載します。

また、裏面に記載することはできませんので、併せて注意しましょう。両面に記載がある遺言書が法的に無効になることはありませんが、法務局で保管することはできないということです。

本籍及び筆頭者の記載ある住民票

作成後3か月以内の住民票が必要です。戸籍の附票でも本籍と住所の確認ができるので、それを用意してもよいでしょう。

住民票・戸籍の附票の請求時に本籍及び筆頭者記載を希望するようにします。そうしないと本籍及び筆頭者記載のない住民票・戸籍の附票が発行されてしまいます。自動交付機以外の窓口で請求する場合には、本籍を載せるかどうかを聞かれることが多いですが、全ての職員が聞いてくるわけではありません。

3か月の期限があるので、最後に取得するのがよいと思います。
※スケジュールの一例
マイナンバーカードの交付申請→遺言書作成→マイナンバーカードの受け取りと住民票の取得

遺言書の原本は返却されません

法務局に預けた遺言書の原本は家族(相続人)に返却されません。自筆遺言書を家族(相続人)の手元に残しておきたい場合には、自宅等を保管場所にしなければならないでしょう。

遺言書の内容についての相談は不可

前述したように、法務局は形式的な面のみをチェックします。
「遺言執行者を選任したほうがいいですよ。」
「この遺言内容は遺留分を侵害しているので、トラブルになるかもしれませんよ。」
上記のようなアドバイスなどはしませんし、遺言者からの内容面での相談に応じてくれることもありません。

最後に

保管制度ができるまでは圧倒的に遺言公正証書を作成される方のほうが多かったです。遺言書保管制度により、自筆遺言書を作成される方との差は縮まるかもしれませんが、逆転することはないと思っています。

原因としては、本人確認の厳格性と法務局への出頭です。遺言公正証書を作成するのであれば、実印と印鑑証明書で本人確認できますし、公証役場へ出頭困難な遺言者のために公証人が高齢者施設や医療機関等に出張してくれます。

まだまだ、元気なうちに認知症・相続対策をされる方は少数です。そういった対策としての選択肢が1つ増えたと考えて、これからも遺言を含めた最善の方法をご提案させていただければと存じます。

遺言公正証書の作成方法

2021-11-08

遺言公正証書のメリット

作成された遺言公正証書は公証役場で保管されますので、遺言書の破棄、隠匿、改竄などの心配が不要となります。

交付された遺言公正証書の謄本を紛失してしまっても、再交付を受けることができます。 また、法律の専門家である公証人が遺言の形式面をチェックしますので、その不備が原因で遺言が無効になることはありません。

さらには、家庭裁判所における検認が不要となりますので、相続人の負担を減らすことができます。

作成費用

作成するには、原則として最寄りの公証役場に出向く必要があります。

高齢などの理由によりそれが困難な場合には、遺言者の自宅、高齢者施設、病院などに公証人が出張してその場で作成することもできます。

作成費用(公証人手数料)についてですが、全国一律に定められており、以下のとおりとなります。 その他、証人二人の日当、公証人の出張手数料(出張した場合)を負担することがあります。

財産の価額手数料
100万円まで5000円
100万円超200万円まで7000円
200万円超500万円まで1万1000円
500万円超1000万円まで1万7000円
1000万円超3000万円まで2万3000円
3000万円超5000万円まで2万9000円
5000万円超1億円まで4万3000円

手数料の計算方法

相続人・受遺者ごとに、相続させ又は遺贈する財産の価額により目的価額を算出し、それぞれの手数料を算定し、その合計額が手数料の額となります。

目的価額の合計額が1億円までの場合は、さらに1万1000円が加算されます。

具体例① 妻1人に総額5000万円の財産を相続させる場合
     29,000円+11,000円=40,000円

具体例② 長男に3000万円の財産を相続させ、長男の妻に1000万円の財産を遺贈する場合
     23,000円+17,000円+11,000円=51,000円

遺言公正証書のデメリット

登記をしなければ第三者に権利を主張できない場合がある

民法の改正(2019年7月1日施行)により、法定相続分を超える部分を承継した場合,その法定相続分を超える部分については,登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないものとされました。(民法第899条の2第1項)

具体的事例をあげて説明したいと思います。

被相続人Xが死亡し、相続人は妻A及び弟Bです。 Xは、生前「全遺産をAに相続させる」旨の遺言公正証書を作成しましたが、遺産の不動産につきBは、単独で相続の登記を申請してその法定相続分(持分4分の1)を第三者Yに売却しました。

2019年7月1日より前に開始した相続であれば、相続させる旨の遺言のうち遺産分割方法の指定がされたもの(特定財産承継遺言といいます。)や相続分の指定がされた場合のように、遺言による不動産の権利変動のうち相続を原因とするものについては、Aが登記を備えなくてもその権利取得をYに主張することができます。(最二小判平成14年6月10日)

法改正により、AがYに対して法定相続分(持分4分の3)を超える部分を主張するためには、Yの持分移転登記より先にAの単独相続登記(共同相続登記が先にされた場合は、更正登記や持分移転登記など)を備えなければならなくなりました。

また、遺言執行者がある場合には、Bの処分行為は原則無効となりますが、Yが善意のときはAとYは対抗関係に立つことになります。(民法第1013条第2項)
YがXの遺言書の存在を知らなかったときは、AとYのうち先に登記をした方が権利を取得するということです。

つまり、旧法下では相続させる旨の遺言公正証書を作成し、遺言執行者を定めておけば、あぐらをかくことができたわけですが、法改正により遺言の絶対的な効力が失われ、そうもいかなくなったのです。

遺言の内容を必ず実現できるとは限らない

上記事例において、BがAに対し、自己の取り分(相続分)を要求することがあります。
世の中全ての人が兄弟に遺留分がないことを知っているわけではないからです。

Xの立場:Aに全財産を相続させて、Bには一銭も渡したくない。
Aの立場:法律上Bに何も渡す必要はないのかもしれないが、Bの要求を拒むことで今までの良好な関係を壊したくない。また、BはAの近所に住んでおり、ほぼ毎日のように顔を合わせるので尚更である。
Bの立場:自分に遺留分がないことは知らないが、老後の生活資金として法定相続分相当額をAに要求したい。

これらの事情を踏まえて、AB間で遺言内容と異なる遺産分割協議を成立させることが可能です。

Xの意思を厳格に尊重するなら、公正証書遺言を含む遺言制度で100%叶えることはできません。
けれども、遺言者であるXの通常の意思は、相続をめぐって相続人間に無用な紛争が生ずることを避けることにありますから、これと異なる内容の遺産分割が全相続人によって協議されたとしても、直ちにXの意思に反するとはいえないでしょう。(さいたま地判平成14年2月7日)

まとめ

デメリットの方が長くなってしまいましたが、だからといって全く使えない制度だとは思いません。「争続」と呼ばれる相続トラブルのほとんどが、遺言書が遺されていないケースで発生しています。

トラブルの回避においては十分すぎるほどの威力を発揮しますが、遺言者の意思を叶えるには隙間があると言わざるを得ません。 隙間を埋めるための方策については、別の記事(家族信託の活用例-子供のいない夫婦のケース)で紹介したいと思います。

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